。一般に支那人にとっては時間は金ではないが、これもその一つの現象であろう。
 だが、湯屋で時間を費すよりも、旧市公署の一隅に佇む方が楽しい。韓復渠によって建物は自爆されてるが、庭園は旧態のままで、その池の一つに珍珠泉というのがある。深い清澄な池の底から、メタン瓦斯の玉が幾つも、昼夜間断なく湧き上っている。旧名真珠泉で現名珍珠泉だが、全く真珠のさまざまな珍珠が水底から湧き上ってくるようで、いつまで眺めていても倦きない。真珠を砕いて之を呑めば美人になると、支那婦人の間には古くから伝えられている。
      *
 済南の大明湖ほど実用と風流とを兼ね具えてるものは少なかろう。この広い湖沼は、幾つもの私有地に分れていて、それぞれ蓮や蒲などの収益を相当にあげている。それらの私有地の間に、舟を通す水路が幾筋も開かれていて、或は狭く或は広くそして屈曲して、両側には蘆荻が生い茂っている。画舫に身を托してこの水路を進めば、俗塵は剥落して詩趣が湧く。
 一般に支那の都市にある湖水は、底浅く薄濁りであるが、それぞれに趣きは異る。絶勝とされる杭州の西湖は、煙雨の日に画舫を浮べるべきである。南京の玄武湖は、ボー
前へ 次へ
全12ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング