リーメーソン的結社であるとの説もあるが、実践としては、道院に於ける個人々々の修業と、会としての社会的救済事業とを立前とする。この会が、富有な上層階級の人々で成っていることは、注目を要するところであろう。
この紅卍字会母院とよい対照をなして、呂純陽の廟というごく小さな堂が、※[#「足+勺」、353−上−9]突泉の隣りにある。民衆の信仰あつく、参詣の人は絶えず、廟前には小店が櫛比して、浅草の仲見世の観がある。面白いのは、或る時祈願の道士に呂純陽の姿が、顕現したということで、呂祖空中顕像という写真版が売られている。
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北支の鉄道は華北交通会社の経営に属しているが、この鉄道については概念を改める必要があろう。
現在、鉄道沿線の左右各十キロ内の村落は、鉄路愛護村として組織され、匪賊の襲来に対して村民が自警するようになっている。なお列車内や所々には、会社に属する一種の警備兵が配置されている。そしてこの愛護村に対しては、不足物資の配給や穀物種子の分配などが、会社の負担による安価でなされているし、其他種々の工作も行われている。即ちこの鉄道は、単なる交通運輸の機関のみでなく、また治安工作の幹線であって、各重要都市をつなぐ一本の線を広さのある面にまで拡げるのを、主眼としてるのである。時々の犠牲者も相当に多い。
それはそれとして、膠済線に於ては、主要駅を列車が通過する毎に、日本語の歌と支那語の歌とが交互に、蓄音器から放送される。眼を楽しませるものの少い広漠たる平原の中の車中で、それらの歌にじっと耳を傾けるのは、日支人にとって嬉しいことである。
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済南は水の都とされている。泰山山脈の地下水が此処に豊富に噴出して、黒虎泉となり※[#「足+勺」、353−下−7]突泉となる。※[#「足+勺」、353−下−7]突泉は現在、十万余の人々に浄水を供給している。
この水の都には、恐らくは支那随一の湯屋たる銘新池がある。豊富に硝子を用いた近代的な大建築で、広間には多数の人々が湯にほてった身体を横たえ、枕を並べて休らっている。上階の特別室に通れば、普通のバスの外に、理髪、美容術、手足の爪切り清掃、耳掃除、按摩など、凡そ人体に関する一切のものが完備している。湯にだけ浸って帰りかける者を、ボーイは怪訝な顔で見送る。此処に来る支那人は、大抵半日は費し、一日を費す者も少くない
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