は槐の並木がある。そしてこの整然たる街衢のなかにあっては、あらゆるものが落着いた平穏な相貌を示している。目貫の大通りたる王府井大街に東安市場があるのも、少しも不思議に思われず、その雑沓は百貨店内のそれに似寄って、而も上海の百貨店内のような喧騒さは持たない。前門外の老舗には、それぞれ専門の豪華な商品が豊富に並んでいるが、店員のみいて客の姿はめったに見えない。琉璃廠の骨董店は、狭い店先から次々に小室が続いてその奥が知れないほどであり、一室毎に店員が戸を開いて電灯をつけてくれる。天橋の貧民街や安物市場にあっても、目につくのは人間の群というよりも人影の群である。固有の料理法や各地の料理法を伝え紹興老酒の古甕を備えてる料理屋も、上海や南京のそれどころか、済南のそれよりも一層人声が少く、然し客は多い。京劇の芝居は大抵満員で、よい座席はなかなか取れない。各国使館地域はひっそりしていて、番兵の表情は、上海や天津に於けるような鋭さがないばかりか、至って退屈げである。夜間は門扉を閉してしまう城壁も、南京のそれのような厳しさは持たない。この北京の秋は、世界一のものと云われている。然しそれは、もの静かな秋で、
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