は、北京全市を翼下に納むるの概があり、周囲に広い公園地帯をめぐらしている。外城もまた広大な植林地のなかに、天壇の紫瓦朱壁の堂宇が聳えている。市内を歩いて、少しく視野のきく処に出れば、この二つのいずれかがすぐ目につく。
 この堂宇、黄金色の甍の屋翼と、紫色の甍の屋翼と、それを支える朱柱朱壁とは、五百年以前から今に至るまで、その勢威を保ち続けている。西太后の栄華を誇る郊外万寿山の建造も、この勢威のなかでなされているし、欧米資本による燕京大学や輔仁大学の建物も、この勢威を無視することは出来なかった。
 ところで、天壇は市の殷賑地区から遠い一隅にあるが、紫金城は市の中央にあって、その周囲にはまた至るところ、楽しい散歩場所が開かれている。中央公園の柏樹の木影には、無数の卓子と椅子とが並んでいるし、太廟の柏樹の林には、野生の鷺が群れているし、中南海園の楊柳の小枝は、広い蓮池の周辺にそよいでいるし、北海公園の喇嘛の白塔の付近には、さまざまの小記念物が散在しているし、景山の頂からは、全市の大観が指呼のうちに望み得られる。
 こうした地域を中心にして、市の街路は東西か南北かの方向に整然と開かれ、大通りに
前へ 次へ
全12ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング