いとか晴れやかとか光明とかいう文字をやたらに使った、若々しい手紙を書いたものです。
 所が、或る晩、妻はまた僕の書斎へ押寄せてきたのです。彼女の様子で、僕はただごとでないと直様察しました。果して彼女は、糞落着きに落着き払った態度で、僕へ肉迫してきました。
「あなたにこの字がお読めになりまして?」
 そう云いながら彼女は、一枚の新らしい吸取紙を差出しています。それを見ると僕は息がつまりそうな気がしました。沢子様[#「沢子様」に傍点]という僕の文字がありありと現われてたのです。
 呪われたる吸取紙哉です。吸取紙からいろんな秘密が暴露することは、西洋の小説なんかにはよくありますね。レ[#「レ」に傍点]・ミゼラブル[#「ミゼラブル」に傍点]にも吸取紙が重大な役目をしてる所がありましたね。実際秘密な手紙を書く折には、ペンでなしに毛筆に限ります。慌ててる余りに、吸取紙へまでは気がつきませんからね。而も日本の手紙のように、宛名を最後に書く場合には、その名前が一番吸取紙に残り易いものです。おまけに封筒までついてる始末です。
「私こんなに踏みつけにされて、そして捨てられるまで待つよりは、自分から出て行っ
前へ 次へ
全176ページ中99ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング