分にも分りはしません。
やがて彼女から返事が来ました。――私は先生をなつかしいやさしい方として、兄のように、叔父のように、……いえやはり先生といった気持で、おしたいしていたのですが、それが、自分の不注意から、奥様の御心を害《そこな》ったのを、しみじみと恥じられ悔いられてなりません。お許し下さいませ。これから御交際を続けるかどうかについては、随分考えましたけれど、先生も危険がないと仰言いますし、私の方も危険なんか感じられませんから、やはりお交りしても差支えないだろうと存じます。奥様を偽ることは悲しいけれど、やはりこれまで通り、先生として親しまして下さいませ。……と云った要領の手紙でした。
僕はそれを読んで、一種の不満を覚えました。何故かは分りませんが、恐らく僕は、彼女が僕の手紙を読んで、実は私もあなたを恋していました、もう苦しさに堪えきれません、と云ったような返事をくれることと、心の奥で待っていたのでしょう。馬鹿げています。が兎に角、彼女の返事によって、僕は急に前途が開けてきたような気になりました。空想が実際となって現われるかも知れないと思いました。そして僕は二度ばかり彼女へ、輝かし
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