彼女は恐ろしく興奮していましたし、僕も非常に興奮していました。そして、いきり立った彼女の前に、僕は何という醜い卑怯な態度を取ったことでしょう! 反抗の心がむらむらと起ってくるのを強いて押えつけて、ありもしない涙まで搾り出して、彼女の前に奴隷のように哀願したのです。今後の行いで証《あかし》を立てると誓ったのです。
 其場はそれきりに終りました。僕はそのために、何とか片をつけなければならない事情にさし迫ったのを、はっきり感じました。そして、片をつけるためと称しながら、とんでもない途へ進んでいったのです。
 僕は妻の目を偸んで、沢子へ長い手紙を書きました。――私はあなたへ一切を告白しなければならない、というのを冒頭にして、いつとはなしに彼女を愛していたこと、彼女の面影が自分の心に深く刻みつけられてること、その彼女は、遠くを見つめるような澄み切った眼でいつも自分を見つめていて、理解のあるやさしい心で自分を包んでくれる、晴々とした自由な純潔な少女――この少女[#「少女」に傍点]というのが大切なんです――少女であること、そして、自分は妻と二人の子供まである身でありながら、不自然だとは知りながら、そ
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