悟ったらしいのです。いきなり書きかけの手紙を掴んで、これは何です? と聞いたのです。僕はどうすることも出来ませんでした。
 それから、痛ましい場面が起りました。妻は口惜し泣きに泣きながら、僕へがむしゃらにつっかかってきました。わざわざ年賀状まで出しておいてすぐに……と云うんです。実は、僕は沢子へ年賀の葉書を書いて、これだけはいいだろうと妻へ見せたのでした。つまらない技巧を弄したものです。それから、妻は僕の手紙の文句を一々切り離して、例えば「この荒凉たる冬のように私の心も淋しい……春の柔かな息吹きを望んでいます……ともすると生活が嫌になります……理解ある友情が人生に於ての慰安です……」などという言葉……前後の文脈にうまく包み込まれてはいるが、僕の切ない心が影から覗いてるような言葉、それだけを一々取上げて、僕を責め立てるんです。次には、音楽会の帰りに自分から誓っておいて! ……あれも私を瞞着するためのお芝居だったのでしょう、と云うんです――その点に彼女は最も力を入れていました。それから始終隠れて逢ったり文《ふみ》をやりとりしていらしたに違いない、などと……。其他、僕は一々覚えてはしません。
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