、そういう気持は常にありますが……。」と昌作は漸く口を開いた。「兎に角、生活を新たにするには、それだけの……軸が、心棒が必要なんです。それを探し廻ってるんです。所が生活を立て直す心棒なんてものは……。」
「冗談じゃないわよ。」と達子は彼を遮った。「今はそんな議論の場合じゃないわ。九州へ行くか行かないかの問題じゃありませんか。行くのが却ってその心棒とかになりはしないかと、私は云っただけよ。……でどうするの、行って? それとも行かないの?」
「そうですね……どうしたもんでしょう?」
「あら、あなたはまだ決めていないのね。でも今晩、行くか行かないかの返事をする約束じゃなかったの?」
「そのつもりでしたが、もっと詳しく聞いてからでないと……。」
「聞くって、どんなことを? もうちゃんと分ってるじゃありませんか。」
 勿論大概のことは分っていた。片山の知人の時枝という坑主が、片山の頼みで、佐伯昌作を事務員に使ってみようということになり、而も百五十円という破格の月給をくれて、なお本人の手腕によっては追々引立ててやるとのことだった。その炭坑は北九州でも可なり大きい方のもので、他に事務員も沢山居るから
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