、初めは見習旁々遊んでいてもよいという、寛大すぎる条件までついていた。然しそういう余りに結構な事柄こそ、却って昌作を躊躇せしめたのである。
「然し私には、余りよい条件だから却って、変な気がするんです。」
「それは炭坑のことですもの、」と達子は訳なく云ってのけた、「百五十円やそこいら出して一人の人を遊ばしといたって、何でもないんでしょう。それに、時枝さんの方では、片山からの頼みだから、片山のお父さんへの恩返しって気持もあるのでしょうから。」
「一体、九州の直方《のうがた》って、どんな土地でしょう?」
「そりゃあ君、山があって、そして朱欒《ざぼん》という大きな蜜柑が出来る処さ。」と突然禎輔は冗談のように云った。「僕も一度あの朱欒のなってる所を見たい気がするね。いつか時枝君が送ってくれたのなんか素敵だったよ。綿を堅めたような真白な厚い皮の中から、薄紫の実が飛出してくるんだからね。たしか君も食べたろう?」
「ええ、あいつは旨かったですね。」
「僕はね、あの種を少し庭の隅に蒔いたものさ。所が折角芽を出すと、女中が草と一緒に引っこ抜いちまった。」
「そんなことはどうだっていいじゃありませんか。」と
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