したの、九州へ行くことにきめて? それとも行かないの?」
昌作は初めその問題を予期していたものの、一度禎輔からあらぬ方へ心を引張られた後なので、咄嗟に思うことが云えなかった。
「私いろいろ考えてみたけれど、やはり行った方がよくはなくって?」と達子は構わず云い進んだ。「炭坑と云えば一寸つらいようだけれど、何も坑《あな》の中へはいって仕事をするのじゃなし、普通の事務員だと云うから、却ってそんな所で働いた方が面白かないでしょうか。月給だって初めから百五十円貰えば、云い分ないでしょう。そんなよい条件はなかなか探したってあるものですか。坑主の時枝さんが、昔片山のお父さんに世話になったとかで、片山が無理に頼んだ上のことですから、きっと出来るだけの……破格の待遇に違いないわよ。手紙にもそう書いてあったわ、ねえ、あなた。」彼女は禎輔の方をちらと見やって、また昌作の方へ向き返った。「そりゃあ東京を離れるのは嫌でしょうけれど、一時九州の炭坑なんて思いもよらない処へ行ってみるのも、却って生活を新たにするのによいかも知れないわ。あなたはいつも、生活を新たにするって、口癖のように云ってたじゃないの。」
「ええ
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