君には、僕が沢子へ惹きつけられていったことは、よくお分りでしょう。そして僕は、益々妻に対しては冷淡になってきました。
 それになおいけないのは……これは一寸話しにくいことですが……僕の性慾が可なり弱かった――友人等にそれとなく聞き合して比較してみると、非常に弱かったということです。生理的の欠陥があるとは自分で思ってはしませんが、兎に角、僕は普《なみ》外れて性慾が弱いようです。所が、夫婦生活には、この性慾ということが可なり重大な条件らしいのです。大抵の女は、性慾の飽満を与えらるれば、それで自分は愛せられてるのだと思うものです。
 所で……こういう風に停滞していては仕末に終えませんから、物語だけをぐんぐん進めましょう。
 妻は僕と沢子との間を、ひそかに窺いすましていたらしいです。沢子から手紙が来ると、「あなたの恋人から……、」などと云い出したものです。「手紙よりも、じかに逢っていらっしゃい、許してあげますから、」などと云い出したものです。「馬鹿!」と僕は一言ではねつけましたが、彼女の眼付がいやに真剣になってるのを感じました。
 そのうちに、馬鹿げたことが起ったのです。僕達はごく稀に、絵画展
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