這い出して、手足を踏ん張り背中を円くして、大きな欠伸《あくび》をした。昌作も何ということなしに起き上った。炬燵の温気に重苦しい頭痛がしていた。何か重大なことでも忘れたように、眉根を寄せて一寸考え込んだ。それからはっと飛び上った。淋しければ[#「淋しければ」に傍点]という詩のことを思い出した。けれど、机の前に行って本箱の抽出の原稿に手を触れる時分には、深い憂鬱が彼の心を領していた。……明日《あす》知れぬ幸《さち》を占うことなかれ……沢子がなおした詩句を口の中で繰返しながら、詩稿を一つ一つ眺めてみた。三文の価値もない自分の残骸がごろごろ転ってる気がした。胸では泣きたいような気持になりながら、顔には自嘲的な皮肉な微笑が漂った。彼は詩稿をごたごたに抽出にしまって、読みつくした新聞をまた取上げた。打ちかけの碁譜がついていた。目《もく》の数を辿りながら読んでいった。終りまでくると、碁盤を引寄せて譜面通りに石を並べ、その先を一人でやってみた。一寸した心の持ちようで、白が勝ったり黒が勝ったりした。そんなことを何度もやり直した。炬燵の上に飛び上って、顔を撫でたり足の爪の間をかじったりしていた猫は、此度は
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