《の》べていて、柔かな頬の線が下細りに細ってる顔の輪廓だった。薄い毳《むくげ》が生えていそうな感じのする少し脹れ上った唇を、歪み加減にきっと結んで、やや頑丈な鼻の筋が、剃刀を当てたことない眉の間までよく通り、多少尻下りに見えるその眉の下に、遠くを見つめるような眼付をする澄んだ眼が光っていた。今も丁度彼女はそういう眼付をしていた。それがかすかに揺いで、ふと二つ三つ瞬《まばた》きをしたかと思うまに、彼女はいきなり両の手でハンカチを顔に押し当てて、そばめてる肩を震わした。
余りに突然のことに、昌作は惘然とした。そして次の瞬間には、もう我を抑えることが出来なかった。とぎれとぎれに云い出した。
「泣かないでくれよ。僕は苦しいんだ。実は……僕に必要なのは、仕事でもない、九州の炭坑でもない、或る一つの……そうだ、九州へ行くのが、暗闇の中へでもはいるような気がするのは……。」
昌作が言葉に迷ってる時、沢子は急に顔のハンカチを取去って、彼の方をじっと眺めた。その表情を見て、昌作は凡てを封じられた気がした。彼女の顔は、眼に涙を含みながら、冴え返ってるとも云えるほど冷たくそして端正だった。彼女は静かな声
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