繰返さした。沢子は低い澄んだ声で繰返してから、彼の顔をじっと眺めた。
「一寸変でしょう。」
「ああ。おかしいな!」
 沢子はおどけたようなまた皮肉なような口つきをした。
「私ね、少うし言葉を変えたのよ、一日中考えて。御免なさい。いけなくなったかしら? でも、どうしてもうまくいかないのよ。一番終りの句ね、あなたのには、明日をも知れぬ幸を占う、とあったけれど……。」
「そうだ、明日をも知れぬ幸を占う、だった。……も一度君のを云ってくれない? 初めから。」
 沢子は自分自身に聞かせるかのように、細い声でゆっくり誦した。
[#ここから3字下げ]
吾が心いとも淋しければ、
静けきに散る木の葉!
あわれ日影の凹地《くぼち》へ
表か?……裏か?……
明日《あす》知れぬ幸《さち》を占うことなかれ。
[#ここで字下げ終わり]
 明日知れぬ幸を占うことなかれ! その感じが昌作の胸にぴたりときた。彼は次第に頭を垂れた。深い深い所へ落ちてゆく心地だった。それを彼は無理に引きもぎって、頭を挙げた。沢子はちらと眼を外らしたまま動かなかった。その顔を昌作は、初めて見るもののように見守った。広い額が白々とした面積を展
前へ 次へ
全176ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング