、君にも大凡分るだろう?」
 然し昌作には更に分らなかった。彼は何か意外なことが落ちかかってくるのを感じて、息をつめて待ち受けた。
「じゃあ、君は知らなかったのか」と禎輔は低い鋭い声で云った。「そうでなけりゃ、忘れてしまったのだ。……いや知ってた筈だ。」
「何をです?」
「僕と君のお母さんのことを。」
「あなたと母のこと?」
 禎輔は彼の眼の中をじっと見入った。
「僕と君のお母さんとの関係さ。」
「関係って……。」
 その時昌作は、今迄嘗て感じたことのない一種妙な気持を覚えたのである。頭の中にぽーっと光がさして、すぐに消えた。そのために、もやもやとした遠い昔の記憶の中に見覚えのあるようなまたないような一つの事柄が、眼を据えても殆んど見分けられないくらいの仄かさで浮き出してきて、それが一寸した心の持ちようで、現われたり消えたりした。夢の中でみて今迄忘れていたことが、突然ぼんやりと気にかかってくる、そういった心地だった。勿論、一つの場面も一つの象《すがた》も彼の記憶に残ってはしなかった。けれど、何だかそれをよく知っていたようでもあった。知っていながら忘れていたようでもあった。漠然と感じたま
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