ま通りすぎてきたようでもあった。或は初めから知りも感じもしないのを、今突然想像したようでもあった。――彼は見えないものを背伸びして強いて見ようとするかのように、じっと自分の記憶の地平線の彼方に眼を定めたが……ふいに、そうした自分自身に気がついて、顔が真赤になった。
「君はあの頃もう十一二歳になってたから、普通なら当然察するわけだが、頗る活発で無頓着で今とはまるで正反対の性質らしかったから、或はぼんやり感じただけで通りすぎたのかも知れないが……。」
 そこまで云いかけた時禎輔は、昌作が真赤になってるのを初めて気付いたらしく、突然言葉を途切らしてじっと彼の顔を見つめた。そして急き込んで云った。
「君は知ってたじゃないか!」
 昌作は宛も自分自身に向って云うかのように、低い声で呟いた。
「昔から感じてたことを、今知ったようです。」
「昔から感じてたことを今知った……。」そう禎輔は彼の言葉を繰返しておいて、俄に皮肉な調子になった。「なるほど、そうかも知れない。君のお母さんは利口だったからね、そして僕も利口だったのさ。そして君はうっかりしてたものだ。」
 昌作はもう堪え難い気持になっていた。彼は
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