余り苦しめたくなくなったのだ。」
昌作は驚いて禎輔の顔を見つめた。が禎輔は、じっと葡萄酒の瓶の方に眼を注いで、何度も杯を重ねた。
「君、この葡萄酒は旨《うま》いだろう。こいつを一人で一本ばかりやっつけると、愉快な気持になって踊り出したくなるよ。君もっとやらないか。」
「ええ。」と昌作は答えておいて、機会を遁すまいとあせった。「それで……そのことで……私は九州へ行かなくてよくなったのですか。何だか私にはさっぱり分りませんけれど、奥さんが……。」
「ああ、達子は何と云っていた?」
「九州へ行かないでもいいし、それに……あなたが私に急なお話があるとかで……。」
「それだけ?」
禎輔の眼付が急に鋭くなったのを昌作は感じた。彼は何にも隠せない気がした。
「それから、私の……女のことについて。」
「君はその女のことをすっかり達子に話したのか。」
「いえ、その方のことは私が引受けてやると奥さんは云われたんですけれど、まだ私の方の気持がはっきりしないものですから、詳しくは話しません。」
「それだけか、達子が君に云ったことは?」
「ええ。」
「達子は君が何処かの令嬢に恋《ラブ》したんだと云ってたよ。
前へ
次へ
全176ページ中126ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング