遠くへ……。」
それだったのです、僕が何かをしきりに求めながら、それが自分でも分らずにじれていた、その何かは、そのことだったのです。僕は嬉しくて飛び上りました。ほんとに愉快な浮々した……そしてどこかぼんやりした気持になりました。
僕達は吉祥寺駅へ引返し、可なり長く待たされてから汽車に乗り、立川まで行きました。汽車の中には、気の早い観桜客《はなみきゃく》らしいのが眼につきました。
立川へ行くと、意外に早く日脚が傾いて、もう夕食の時刻になっていました。季節外れではありましたけれど、川の岸にある小さな家へはいって、有り合せのものでよろしければというその夕食を取ることにしました。そして、ひっそりした二階の隅っこの室に通って、すぐ眼の下の川を眺めました。河原の中を僅かな水がうねり流れてるのを見て、「これが多摩川ですの……小さいんですのね、」と云う沢子の言葉に、僕はすっかり気がのびやかになったものです。そして夢をでも見てるような心地になったのです。現実かしら? 夢かしら? そう考えてるうちに、妻のことも家のことも、東京のことも、遠くへぼやけて消えてゆきました。世界のはてへでも来たという気持で
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