と云ったような、まるで不良青年でも書きそうな手紙です。
僕には沢子が必ずやって来るとの直覚がありました。その日は学校をも休んでしまって、十一時半項から東京駅へ行って、待合所の片隅に蹲ったものです。そして彼女へ何と話したものか、何処へ行ったものか、そんなことを考えていました。そのうちに、僕は何だか眠くなってきました。それほど僕の精神は弱りきってぼんやりしていたのです。
一時よりは二十分ばかり前に沢子はやって来ました。僕は夢から覚めたようにして、彼女の絹の肩掛の藤色の地へ黒い線で薔薇の花の輪廓だけが浮出さしてあるのを、珍らしそうに眺めました。すると、「先生、どこかへ参りましょう、」と彼女の方から促したのです。その眼を見て僕は、彼女が事情を察してることを、何か決心してることを、瞬時に読み取ったのです。
初め僕は、大森辺かまたはずっと遠く鎌倉や逗子あたりへ行くつもりだったですが、その方面には沢子の知っていそうな文士がいくらも居るらしいのを思い出して、急に方向を変えて電車で吉祥寺まで行きました。そして井ノ頭公園とは反対の方へ、田圃道を当てもなく歩き出したのです。
不思議なことには、妻に関
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