明日
豊島与志雄

 或る男が、次のようなことを私に打明けた。――
 手紙というものは、どんなものでも、そう嫌なのはないけれど、ただ一つ、僕が当惑するのがある。近日ちょっとお伺いしたいのですが、御都合のよい時日を知らせて下さいませんか、云々、といったような手紙だ。殊に、返信用の葉書なんか封入してあると、全くまいる。
 先方では、忙しい時に訪問しては失礼だし、仕事中など邪魔してはいけないという、甚だ鄭重な意向であることは、それは分っている。然し僕にしてみれば、如何に忙しい最中でも、いきなり来て貰った方がいい。時日を指定するとなると、手紙では、少くとも中一日くらいの余裕を置かなくてはならない。そしてその時日には、必ず待っていなければならぬ義務が生ずる。そういう義務に縛られることが、僕には苦痛なんだ。それに大抵、そうした時に限って、仕事の予定が狂って、最後のぎりぎりの忙しい場合になっていたり、急に他の用事が出来たり、また、何かしら外出したくなったりするものだ。幾日の何時頃逢いましょうと、そういう予定が立派に立って、そして先方にも無駄足をかけずに済み、こちらでも仕事の邪魔をされずに済み、万事調
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