子よくやっていける人は、実に仕合せだ。
 僕の予定は、一日くらいなら立てられる。朝のうち電話ででも打合せておけば、その日中のことなら、立派に約束を守られる。けれども、明日になると、もういけない。明日の負担を負わせられることは、今日の僕にとっては、堪え難いことになる。「今日」というものは、現実的に存在する。然し、予想されたる「明日」というものは、僕にとっては、現実的には存在しない。それはただ架空のものだ。その架空の中に置かれた現実的な義務は、僕には苦痛の種となる……。
 まあ大体右のような話だったが、それを話す時の彼は、頬に赤みがさして、内心苛立ってるようだった。その様子を見ながら私は、彼が異常な場合にいることを悟った。つまり、彼にとって、「明日」が凡て架空だというのは、あらゆる「明日」のことを呑みつくすほどの重大な、ただ一つの「明日」が存在するのであって、而もそれが、甚だしく不安定なものだということである。健康の問題か、思想の問題か、恋愛の問題か、金銭の問題か、而もそれがせっぱつまった事柄で、いつ彼の全生活を震撼させるか分らないようなものなのである。
 実際、彼は異常なそして危険な場合
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