か、恐らく転がり落ちる間際にだったろうが、それを一生懸命に握りしめてるのである。手を開かせてそれを捨てさせた時、彼は急にわっと激しく泣きだした。――それがあまりおかしかったので、石ころという綽名がついた。が当人は、石ころと云われると、ひどく怒って口も利かなかった。
「それがどうしたんだい。」とチビは尋ねた。
「それきりさ。」
「なあんだ、面白くもない。」
「でもねえ、夢のなかなんかで、高いところから落ちることがあるだろう。宙をすーっと落ちていく。とても恐《こわ》いんだ。あんな時、石ころでも棒ぎれでもいいから、手にしっかり握りしめていたら、そんなに恐くないかも知れないよ。」
「どうかなあ。」
「君には分らないよ。」
「僕は夢なんかみないんだ。」
「だから、よく分らないんだ。」
チビは耳をかいた。正夫はやがて云った。
「本当は、石ころなんか握りしめるのは、極りわるいことさ。僕だったら、両手をひろげたまま落ちていくよ。」
「どっちだって同じさ。」
「ちがうよ。君に分らないだけだ。お父さんのことだって、君には分ってやしない。お父さんは、力がぬけてたけれど、それでも、海に飛びこむだけの力はあっ
前へ
次へ
全42ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング