、音も立てずに凄い勢でやってくる。正夫たちはそこに棒立になって、次に水田の中に飛びこもうとした瞬間、火の玉はふっと消えた。眼の中まで真暗になり、髪の毛が逆立った。そしてどれくらいかたって、ほう、ほう……ほう、ほう……とあの澄んだなつかしい声が聞えてるのを最初に感じた。その時くらいほうほう鳥を嬉しく思ったことはない。
「その火の玉って何だい。」とチビは尋ねた。
「何だか分らない。」
 チビはうそうそと笑った。
「そんなものがあるもんか。びくびくしてるから、気の迷いだ。」
「いやあるよ。ほんとに見たんだから。」
「見たような気がしたんだろう。」
「ほんとに見たんだ、二人とも。」
「二人とも……か。お化《ばけ》を見た者が二人あれば、お化がほんとにいることになる、そういうことかい。」
「どうだっていいよ。お化にしたって、いてもいなくてもどっちだっていいじゃないか。」
 まだ母が生きてた頃は、晩の丁度六時に便所にはいるものではなかった。晩の丁度六時は、魔物が便所にはいってる時刻で、その時人がはいって行くと、身体のどこかを必ず掻きむしられる。祖母の時から、ずっと昔から、そうだったと、母は笑っていた
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