すると、なにかばかな目に逢ったというんだね。男というものはそうしたもんだろう。いつもばかな目にばかり逢わされてる。それに腹を立てるなんか、ますますばかだね。」
「ああ大ばかさ。フグでも食いに行こうか。」
「どうせ行くなら、フグ茶にしよう。」
「そんなもの、ありゃあしないよ。それとも、フグの刺身を残しておいて、鯛茶をあつらえ、僕たちで、フグ茶の手調理としゃれてみるか。」
「よかろう。」と武原は答えた。

 フグの茶漬けとか割烹旅館とかいう、志村の不穏当な「内緒話」は、男たちの間では、物好きな奴だとの苦笑を催させるぐらいなもので、大した反響は起さなかったが、女たちの間ではそうでなかった。
 食物の話とスキャンダルとは、この種の有閑社交界では最大のトピックとなる。志村のことはひそひそと噂に上った。破廉恥な人だと言う者もあった。道化けた人だと言う者もあった。女性を侮辱する人だと言う者もあった。そしてさまざまに批評しながら、実は誰か、その旅館とやらに彼と二人で行った者があるのではなかろうかと、穿鑿の横目を使ってるのだった。
 そういうことを、志村自身、よく知っていた。表面は敬遠されてるようで、実
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