な経験はないかね。」
「そりゃああるよ。酒飲みはたいていそうしたものだ。珍らしくもない。」
「ところが、その中で一番気恥しいのは、やはり男女関係のことだ。僕は商売女を相手に、ずいぶん道楽をした。然し、素人の女は敬遠してきた。ところが、どういうものか、年をとって性的行為にあまり魅力を感じなくなるにつれて、素人の女に対する敬遠の念が薄らいできた。酔っ払うと、つまらないことで、キスしたり、一緒に寝たりする。勿論、嫌いな女は別だ。嫌いでさえなければ、好きでもないのに、変なことになる場合が往々ある。そこで僕は、性的行為を極端に軽蔑するようになった。それは単に粘膜の感覚にすぎないとの、素朴な結論だ。そういう結論、軽蔑の念は、御婦人たちの前で観念的に言い出しても、誤解を招くばかりだから、別な方法を用ゆることにした。その方法というのが、フグ茶とか割烹旅館とか、あんなものになるんだ。」
「然し君、れっきとした御婦人たちを前にして、そんな意思表示なんか、する必要はないじゃないか。」
「必要はないさ。だが、僕は腹を立ててるんだ。女性というものに腹を立てるんだ。その腹癒せに、少しく毒づいてみたいだけさ。」

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