あり、シビ茶がある以上、フグ茶だってあってもいいさ。」
「勿論、あって悪いわけはない。食いに行こうか。」
志村はじっと武原の顔を見た。そしてまた歩き出した。
「男同士じゃ意味ないよ。」
武原はその言葉の意味が分らず、黙っていた。暫くして、志村はぽつりと言った。
「フグ茶だとか、割烹旅館とか、あんなものは、単に僕の意思表示の道具に過ぎないんだ。」
「へえー、大袈裟だね、意思表示とは。」
「君になら、打ち明けて言ってもいい。君が知ってる通り、僕はひどく酒を飲むし、むちゃくちゃに酔っ払うこともある。酔っ払った時のことは、たいてい忘れてるから、こっちは平気なものだ。どんなことをしようと、どんなことを言おうと、構やしない。然し、あとになって、ぽつりと何かを思い出すことがある。気障な言い方をすれば、忘却の海の水面上に出てる岩のようなものだ。それが、途方もないものだの、滑稽なものなら、まだいいが、たいへん気恥しいもののことがある。その気恥しいものを、それだけぽつりと思い出すと、とてもやりきれなくて、わーっと叫び声を立てたくなる。夜中にふと眼を覚して、わーっと叫びたくなることがある……。君にはそん
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