の聞きましたところでは本当らしゅうございますよ。」
「誰からお聞きなすったんですか。」
「誰からともなく……まあ、世の中から、とでも申したら宜しいでしょうか。」
「それは、あなたたちだけの世の中でしょう。あなたがたの仲間のことでしょう。僕は断っておきますが、普通の人間、庶民の中の一人として、暮しているんです。」
「ですから、あまり勝手なことをなさらないで、普通のひとらしく、御結婚でもなすったらいかがでしょう。」
志村は眉をひそめて黙りこんだ。
房代夫人は彼の手首を押えた。
「ねえ、志村さん、お気に障ったか知れませんが、ほんとはあなたのことを心配してるんですのよ。御結婚のこともゆっくり考えておいて下さいね。ほんとにお似合のかたがございますのよ。あ、そうしましょう、こんど、やまぶきでしたか、やまぶきへお伴しますまでに、お気持ちをきめておいて下さいましね。」
「やまぶき……ほんとにいらっしゃるんですか。」
「ええ、いつでも、日をきめて下さいますれば。」
房代夫人は立ち上った。何の話もなかったかのように、小さな眼に笑みを浮べて会釈し、広間の方へ去って行った。肥満した体の腰が太く、腰から下
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