かただとほめておりましたそうですよ。そして、よいおかただけれど……と言葉尻を濁すので、よく聞いてみますと、たった一ついやなことがある、と申したそうですの。先生がいつまでもお酒をあがっていらっしゃるので、部屋に引っこんでいると、いきなり部屋の襖をあけて、もう寝たのかいと中をお覗きなさることがあるし、それから、酔っ払って肩をお揉ませなさることがある。それが、とてもいやだった。そう申したそうですよ。」
 志村は飛び上りかけて、しいて腰を落着けた。カクテルを一息に飲み干し、煙草に火をつけた。
「それから、まだありますか。なんでも仰言って構いませんよ。」
 房代夫人も煙草に火をつけた。
「ですから、志村さん、芸者遊びなんかはよろしいんですけれど、素人の女には、お気をつけあそばせ。」
 あとの方をゆっくりと、勿体ぶった調子で彼女は言った。
 苛ら立ってくる気持ちを抑えてるうちに、志村はふと、別な疑念を懐いた。
「いったい、どうしてあなたは、そういろいろなことを御存じなんですか。」
「それでは、いまお話したことは、みな本当なんでございますね。」
「それは、僕の方からお尋ねしたいんです。」
「わたくし
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