の姿がずんどうだった。
志村はやたらに煙草を吹かした。泥酔後の深夜、ふと眼覚めて、気恥しいことをぽつりと思い出す、あの気持ちに似ていて、なにか叫びだしたかった。そして腹が立った。
河口と吉岡が通りかかって、志村の前に足を止めた。二人とも少し酔っていた。
「今井夫人につかまってたようだね。」
「なにか意見されたんだろう。」
「あのひと、ちょっとうるさいからね。」
「なぜ逃げ出さなかったんだい。」
志村は返事もせず、そっぽを向いていた。それから黙って立ち上り、二人の方は見向きもせず、広間へやって行った。
今井房代夫人は、数人の男女客の上座について、人々の話に頷いてみせていた。志村はその側へ行き、あたりの人に聞えるぐらいな声で言った。
「来週の月曜日にしましょう。」
房代夫人は平然と答えた。
「やまぶきのことでしょう。迎いに来て下さいますわね。」
「六時頃……。」
「お待ちしております。」
志村は人々の視線を浴びながら、室を出て行った。
志村は房代夫人との約束をすっぽかすつもりだった。フグの茶漬けなどといううまくもないものを食う物好きもないものだし、やまぶきという割烹旅館のこ
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