りかかり、靴下の先が焦げるほど火鉢の縁に足をかざした。
「お宅のあの年とった女中さん、あのひとがなんと言っておりますか、御存じですか。うちはいっそ待合にでもしてしまった方が似合っている、そう申したんですよ。」
 それは恐らく、あの女中の鶴やの言葉ではなく、外の誰かが言ったことだろう。然し、誰が言ったにせよ、半面の真実ではあった。
「ひとにはやはり、それぞれ贔屓がありますのね。お宅の女中さんたち、旦那さまはいったいどなたが一番お好きなのかしらと、噂をしまして、木村さんがお好きらしいとか、土屋さんがお好きらしいとか、中尾さんがお好きらしいとか、いろいろ意見がわかれましたそうですのよ。」
 女中たちの陰口とは、恐らく作り話だったろう。然し、木村さんにしろ、土屋さんにしろ、中尾さんにしろ、志村と何等かの関係がある女性たることは事実だった。普通の交際としては少し頻繁すぎるくらい、彼女たちは志村を訪れて来、志村の酒の相手をすることもあれば、時には泊ってゆくこともあった。表面では、彼女たちは志村の和歌の弟子ということになっていたが、実際に和歌を作ってるかどうかは疑問だったのである。
「土屋さんてかた
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