は密談してるかのように見えた。
「実は、あなたの奥様として、申し分のないかたがございますのよ。」
 地位もあり財産もある家柄のひとで、戦争未亡人だが子供はなく、実家に復籍していて、教養といい人柄といい、志村夫人としてうってつけだそうである。
 志村はにやにや笑った。
「それは光栄ですな。酒の肴にするには、少し勿体ないお話じゃありませんか。」
 カクテルをなめる志村を、房代夫人は睨むように眺めた。
「そういう御返事だろうと思っておりましたわ、近頃のあなたの御様子では。」
「様子って、どこかへんなんですか。」
 志村はおどけた真似で、顔を撫でてみせた。
「志村さん、すこしお慎みなさらなければいけませんよ。」
 急に、房代夫人の調子が変り、そして声が低くなった。
「あなたのお宅には、ずいぶん、女のお客さまが多いそうでございますね。そしてあなたは、朝からお酒を召上ってるそうではございませんか。」
「そうですなあ、考えてみればそんなこともありますが……。」
「まあ、黙ってお聞き下さい、洗いざらい言ってあげますから。ありのままを申すんですのよ。」
 志村は肚をきめて、口を噤んだ。両腕を組んで卓によりかかり、靴下の先が焦げるほど火鉢の縁に足をかざした。
「お宅のあの年とった女中さん、あのひとがなんと言っておりますか、御存じですか。うちはいっそ待合にでもしてしまった方が似合っている、そう申したんですよ。」
 それは恐らく、あの女中の鶴やの言葉ではなく、外の誰かが言ったことだろう。然し、誰が言ったにせよ、半面の真実ではあった。
「ひとにはやはり、それぞれ贔屓がありますのね。お宅の女中さんたち、旦那さまはいったいどなたが一番お好きなのかしらと、噂をしまして、木村さんがお好きらしいとか、土屋さんがお好きらしいとか、中尾さんがお好きらしいとか、いろいろ意見がわかれましたそうですのよ。」
 女中たちの陰口とは、恐らく作り話だったろう。然し、木村さんにしろ、土屋さんにしろ、中尾さんにしろ、志村と何等かの関係がある女性たることは事実だった。普通の交際としては少し頻繁すぎるくらい、彼女たちは志村を訪れて来、志村の酒の相手をすることもあれば、時には泊ってゆくこともあった。表面では、彼女たちは志村の和歌の弟子ということになっていたが、実際に和歌を作ってるかどうかは疑問だったのである。
「土屋さんてかたは、あなたの秘蔵弟子らしゅうございますわね。しばらく伺わないでいると、風邪でもひいてるのではありませんかと、先生からお便りがあった、そう仰言ってるんですよ。風邪ですって、面白い言い方ではございませんか。それからまた、正月になったら、どこか温泉にでも行きたいと、先生からお誘いを受けた、そうも仰言ってるんですよ。そしてそのあとが面白いじゃございませんか。わたくし、先生とはなんでもないんですけれど、こんなことを申すと、なにか訳があるように聞えますでしょうか……ふふふ、とお笑いなさるんですよ。なにか訳があるように聞えますでしょうかと、ひとにお聞きなさるところが、素敵でございましょう。」
 ちょっと面白く出来すぎてる話だった。志村は他の用事で彼女に葉書を書いたことはあった。温泉の話をしたこともあった。然し、房代夫人の話は、面白く出来てる半面、ただ面白いと聞き捨てるわけにゆかないものを含んでいた。
「あ、おかしなことを思い出しましたわ。あなたはしばらく、野田さんの鎌倉の別荘に行っていらしたことがおありでしょう。あすこに、若いきれいな女中がおりましたわね。その女中さんが、あとで、先生はやさしいよいおかただとほめておりましたそうですよ。そして、よいおかただけれど……と言葉尻を濁すので、よく聞いてみますと、たった一ついやなことがある、と申したそうですの。先生がいつまでもお酒をあがっていらっしゃるので、部屋に引っこんでいると、いきなり部屋の襖をあけて、もう寝たのかいと中をお覗きなさることがあるし、それから、酔っ払って肩をお揉ませなさることがある。それが、とてもいやだった。そう申したそうですよ。」
 志村は飛び上りかけて、しいて腰を落着けた。カクテルを一息に飲み干し、煙草に火をつけた。
「それから、まだありますか。なんでも仰言って構いませんよ。」
 房代夫人も煙草に火をつけた。
「ですから、志村さん、芸者遊びなんかはよろしいんですけれど、素人の女には、お気をつけあそばせ。」
 あとの方をゆっくりと、勿体ぶった調子で彼女は言った。
 苛ら立ってくる気持ちを抑えてるうちに、志村はふと、別な疑念を懐いた。
「いったい、どうしてあなたは、そういろいろなことを御存じなんですか。」
「それでは、いまお話したことは、みな本当なんでございますね。」
「それは、僕の方からお尋ねしたいんです。」
「わたくし
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