夢
豊島与志雄
幼時、正月のいろいろな事柄のうちで、最も楽しいのは、初夢を待つ気持だった。伝説、慣例、各種の年中行事、そういったものに深くなじんでた祖母が、初夢によってその年の運勢が占われることを、私に教えてくれた。二日の朝、或は三日の朝には、昨晩の夢はどうだったかと、祖母は必ず私に尋ねかける。その顔はいつも晴やかで、にこにこしている。そして私がみた夢の解釈が、必ず吉であること、云うまでもない。然しその解釈は、私にはどうでもよいことだった。ただ、そういう運勢的な解釈が加えらるるために、夢は一層魅力をまして、それを待望する気持が煽られるのである。初夢は一年の最初の夢であるばかりでなく、何かしら、未知の世界、神秘の世界、広く深い運命の世界を、ちらと覗きこめる隙間のようなものだった。
そうした初夢の魅力を、正月になると、遠いことのように私は思い出す。祖母逝いて十年、夢は異った興味を私に起させる。
アナトール・フランスに云わせると、吾々から日常忘れられてる人々や事柄が、その忘却を怨んで、睡眠中に立現れてくる、それが夢だそうである。フロイドに依れば、夢は凡て、吾々の性欲をはじめ各種の欲望
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