王子はまだ半《なか》ば夢からさめずに、いきなり飛び起きました。とたんに、老人の姿は雲と共にすーっと消えてしまいました。王子はしばらくぼんやりしていましたが、やがて老人の言葉をはっきり思い出しました。そして、是非《ぜひ》ともその言葉に従わねばならないような気がしました。

      二

 王子は身仕度《みじたく》をし、長い外套《がいとう》をつけ円《まる》い帽子をかぶり、短い剣を腰《こし》にさして、誰にも気づかれないように、そっと城をぬけ出しました。外はまっ暗な夜でしたが、不思議なことには、ほの白い一筋の道が森の方へ通じています。その道を歩いてゆくと、ちょうど土手《どて》でも乗り越すように、高い城壁《じょうへき》をもわけなく越せました。それから先は、魔物が住んでいるという森の中へ、けわしい坂になっています。けれど王子はほの白い道を頼りに、恐れる気色《けしき》もなく、ずんずん進んで行きました。高い山の頂《いただき》の方へ、深い森の中を上ってゆくのですが、まるで宙をかけるように、少しも骨が折れないで、非常に早く道がはかどりました。王子はそれに力づいて、息をするまも立ち止まらずに、まっしぐらに上って行きました。
 ところが、城から山の頂までの半分ほどの所で、今まで王子の前にほの白く続いていた一筋の道が、ぷつりと切れてなくなりました。王子はびっくりしてあたりを見廻しました。どこからさすとも知れぬぼんやりした明るみに透かして見ますと、何百年たったか知れないほどの大きな木がまっ直に立ち並んでいまして、その枝葉の茂みが空をおおいつくしています。ちょうど、大きな円柱の立ち並んだ広々とした部屋の中にはいったようです。しかもその部屋の広さが限りない上に、燈火《ともしび》の光もなく、何の飾りもなく、足下《あしもと》にはじゅうたんのかわりに、名も知れぬ気味《きみ》悪い葛《かずら》や茨《いばら》が、積もり積もった朽葉《くちば》や枯枝《かれえだ》の上にはいまわっています。王子は恐ろしくなって立ちすくみました。
 そのうちに、今まで静かだった森が、ごーッごーッと底深い唸《うな》り声を立て始めました。その唸り声の間から、重い鈍い声が四方から王子へ呼びかけてきました。
「誰だ?」
「何しに来た?」
「どこの者だ?」
「どこへ行くのだ?」
「何者だ?」
 王子は薄《うす》ら明《あか》りにきっと見廻しましたが、ただ声だけで何の姿も見えず、大きな木が化《ば》け物のように立ち並んでるだけでした。そして森全体はやはり、ごーッごーッと唸り続けていました。
 王子は恐ろしさに震え上がりそうなのを、じっと押しこらえて、剣の柄《つか》を握りしめながら、一生懸命に叫び返してやりました。
「僕はこの山の下の城の王子だ。森の樫《かし》の木に逢いに来た。どこにいるのだ? 返事をしないか」
 すると、「おーう」というほえるような声が一つ、森の唸り声の中から一際《ひときわ》高く聞こえてきました。王子はもう命がけになって、その声の聞こえた方へ、茨《いばら》や葛《かずら》の中を踏み分けて進んでゆきました。
 しばらく行くうちに、はるか向こうの方から、ぼーっと薄赤い光がさしてきました。王子はにわかに力強くなって、その光の方へ飛んで行きました。そして、あッ! と叫んだまま棒立ちになってしまいました。
 それももっともです。すぐ眼の前に、何千年たったとも知れない、また何の木とも知れない、城のやぐらほどもある大きな木の幹《みき》が、すっくとつっ立っていまして、その上の方に洞穴《ほらあな》みたいな穴がありまして、穴の口に、こちらを向いて、金色《こんじき》の大きな鳥がとまっているではありませんか。その鳥の全身から出る金色の光に、王子は眼がくらみそうになりました。それからようやく気をとりなおして、じっと向こうを見やりました。すると、何故《なぜ》ともなく、その大きな木は森の王の樫で、その金色の鳥は夢の精だということを、王子は知りました。森の唸《うな》り声はいつの間にかやんでいました。
 鳥はそのめのうのような赤い眼で、王子の姿をじっと眺めましたが、しばらくするといきなり大きな翼を広げて、王子の前に飛び下りてきました。そして足を屈め頭を垂れて、背中に乗れとでもいうようなようすをしました。王子はちょっと迷いましたが、鳥のめのう色のやさしい眼を見ると、すっかり信じきった気持ちになって、その背中へ飛び乗って、柔らかい首筋《くびすじ》へしっかとしがみつきました。
 王子が背へ乗るが早いか、鳥は大きな金色の翼を動かして飛び上がりました。不思議なことには、そんな大きな翼で飛んでるのに、少しも空を切る音がしませんでした。一|瞬間《しゅんかん》のうちに、森の枝葉《かれは》の茂みの上にぬけ出て、それから空高く舞い上がり、一時
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