度も見廻った王子の部屋に、も一度|何気《なにげ》なくはいってみますと、王子は寝床にすやすや眠ってるではありませんか。侍女の知らせによって、国王や女王や、他の侍女達や主だった二三の家来達が、その部屋にやって来ました。そして王子を呼び起こしたのでした。
「じゃあやはり、本当だったんだ!」と王子は叫びました。
 実は王子にも、自分が金色《こんじき》の鳥に乗って飛び廻ったのが、夢だったのか本当だったのかよくわかりませんでした。けれど、皆の話を聞いて、自分が昨日の夜中から城にいなかったことを知ると、もう疑いようがありませんでした。
「本当だったんだ!」と王子はくり返し叫びました。そして昨夜からのことを皆に話しました。
 皆の驚きはどんなだったでしょう! けれど、誰にも王子の話が本当だとは受け取れませんでした。しばらく黙ってた後に、国王は言い出しました。
「そんなことが世にあるはずはない。それはきっと森の奥に住んでいる魔法使いのせいだ。わしはこの国の王として、その魔法使いを退治《たいじ》しないわけにはゆかない。王子をたぶらかされて、そのまま許しておくわけにはゆかない。夜が明けたら早速、退治に出かけてやる」
 それに反対する者は、わずかに三人しかいませんでした。その一人は女王でした。
「そんな無謀なことをなされますと、どんな災いが来ないとも限りません」
「なに、魔法使いくらいに負けるものか」と王は一|言《ごん》に退《しりぞ》けました。
 第二の反対者は、昔からその国にいる年とった家来《けらい》でした。
「あの森に魔物がいると言われていますのは、実は嘘でありましてこの城を守って下さる神が住んでいられるのであります。決して森にはいるなとは、代々の王様の言い伝えであります。それを破られてはよろしくございません」
「なに」と国王は言いました。
「魔物であろうと神であろうと、王子をたぶらかすようなものは、決して許してはおけない」
 第三の反対者は王子自身でありました。
「僕はたぶらかされたのではありません。本当の夢の精に逢ったのです」
「それでは、その夢の精とかをひっとらえてやろう」と国王は言いました
 その上、王子が帰られたのを喜びに出て来る強い家来《けらい》達が、皆して国王の企《くわだ》てに賛成しまして、すぐにも魔法使い退治《たいじ》の用意にかかろうとしていました。もうどうにも出来ませんでした。
 王子は初めて悲しくてたまりませんでしたが、そのうちに、ふと考え直してきました。国王や強い家来達の助けをかりて、あの夢の精を生捕《いけど》りにすることが出来たら! そう思うと急に元気が出てきました。
「それでは僕がその金色《こんじき》の鳥の所へ案内しましょう。そのかわり鳥を少しも傷つけないで生捕りにして下さい」と王子は頼みました。
 国王は大変喜んで、王子の言う通りにすることになりました。
「だが、誰も武器を持ってゆかないかわりに、知恵の鏡だけは持ってゆく」と国王は言いました。
 知恵の鏡というのは、その国に昔から伝わってるものでありまして、それで照らすと、どんな化《ば》け物でもすぐに正体を現わしてすくんでしまい、どんなものでも人の思うままになるという、世界に二つとない宝でした。

      五

 夜が明けると、国王と王子は強い家来を二十人ばかり引き連れ、皆一人一人象の背に乗り、一つの象には大きな鳥籠《とりかご》をのせて、城の後の森の中へ上がって行きました。
 王子は道案内者としてまっ先に進みましたが、一昨日の夜ほの白い道が続いていたのはどの方向だか、さっぱり見当《けんとう》がつきませんでした。何しろ誰もはいったことのない山の森で、昼でさえその中はまっ暗なほどおい茂っていて、枯枝《かれえだ》朽葉《くちは》の積もり積もった上に、茨《いばら》や葛《かずら》がはい廻っていて、いくら象でもなかなか上って行けませんでした。その上、森の奥深くへ来ると、森全体が恐ろしい勢《いきおい》で唸《うな》り出しました。けれど王子達の方には宝の鏡がありました。茨や葛の中にふみ込んでも、方向に迷っても、森が唸っても、一々鏡に照らして難をさけ、次第《しだい》に山の中ほどまで登って参りました。
 やがて皆は、森の少しうち開けた平たい所に出ました。見ると、向こうに大きな樫《かし》の木が立っていまして、その幹《みき》にある洞穴《ほらあな》みたいな穴の所に、金色《こんじき》の大きな鳥がとまっていました。皆はそのまぶしいほどの美しい金色の光に、あッと言って驚きました。鳥は昨日の疲れか、首を垂れて眠っているようでした。
 国王は驚きが静まると、「それッ!」と家来《けらい》達に合図をして、鏡を差し上げながら鳥の方を照らしました。そのとたんに鳥は首を上げて、皆の方を見て、飛んで逃げようとしました
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング