妖しい声が、その辺から起ってくる。
「あたしは待っておりました。けれどあなたは、いつまでも来て下さいませんでした。それでこんどは、あたしの方からあなたのところへ参りました。するとあなたは、喜んで迎えて下さいますかと思いの外、眉をしかめて黙りこくっていらっしゃいました。そんなのが、男のポーズとかいうものでございましょうか。ですけれど、卑怯なポーズでございますわね。なぜって、あなたは内心、とても嬉しがって、わくわくしていらしたではありませんか。それが分りましたから、こんどはあたしの方で逃げて、それでも希望に燃えながら、あなたがいらして下さるのを、どんなにお待ちしていたか分りません。ああ空しい希望、あなたは遂にいらして下さいませんでした。それであたしは、よそへ参りました。あなたはその時、はじめて怒って、あたしを怨み、御自分はやけになって、随分むちゃをなさいました。その時のことを、今になって、どうお考えになりますか。あたしは勇敢でございましたし、あなたは卑怯でございました。このことを御認めになりますでしょうか。認識不足は誤解のもとでございます。お互に、はっきりした認識を持ちたいものでございます
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