練とか口惜しさとかも、もうさっぱりとなくなるだろう。それでよいのだ。だが、彼はその辺を、薄暗がりのなかに探しまわる。もしや、彼女が傷ついて、その血が、血の一滴でも、こぼれていはしないだろうか。血の一滴をも見出し得なかった彼に、そのためか、夕闇の冷気と憂愁とが、しめやかに忍び寄ってくる……。
木村はまだ室に戻りたくなく、蝦蟇や亀や蟹などのそのおかしな園の、雑草のなかの石の上に、じっと腰をおろしている。夕闇が次第に濃くなってくる。だが、眼界は開けた思いである。
その淋しい眼界の遠い地平に、一人の小さな子供が、しきりに小さな鶴嘴を打振っている。おもちゃの鶴嘴なのであろうか。遊んでいるのであろうか。いや、地面を耕しているのらしい。だが、その辺は砂地なのである。一粒の麦も、一粒の米も、恐らく出来はしないであろう。
早く、馳けつけてやろうよ。子供は喉が渇いているようだ。疲れているようだ。――音のない声がして、木村はその声に促がされ、馳けだしてゆく。
見ると、子供は坐っているのである。片手に白いお箸を持ち、片手に小さなお茶碗を持っている。
それが、このうちの坊やである。――つい近頃、腸を
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