女をそこに引き据え、引きずり倒すのであるが、彼女は少しも逆らわず、為されるままになっている。着物の裾の乱れも気にせず、上体をくねらして、襟元だけをきっとかき合せている。
彼女のその姿態と無言とに、木村の反感は更に煽らるるのである。なぜ声を立てたり泣いたりしないのであろうか。蝦蟇にしても、人の手に捉えられる時には、くくくくと鳴声を立てるではないか。
彼女の髪を掴んでそこに引き据えた、そのとっさの意外な行為のうちに、木村は一種の夢をみる。宛も飛行機の空中戦を遠望するような光景である。彼自身が大きな機体となって、上空にまいあがってゆく。周囲から、多くの小さな機体が群がり迫ってくる。それを一つ一つ、彼は手先で払い落す。それがみな、女性の盲目な肉体なのであろうか。上空の高さは限りがなく、如何にまいあがっても、まだ足りない。小さな機体等が群がり迫ってきて、いつまでも果しがないのである。
その夢幻からさめて、彼が惘然としていると、秋子はもうそこに居ず、雑草の踏みしだかれた跡だけが残っている。それでよいのだ、と彼は自ら云う。あたしは待っておりましたなどと甘える、妖しい声ももうしなくなるだろう。未
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