「なんでも奥さんの仰言る通りにしますよ。」
「それが、特別の勉強なのよ。」
 あなたはにっこり笑って、それから暫く持って廻った後に、こんど代議士の選挙に立候補しなければならなくなるかも知れないと、打ち明けましたね。然し、それと高木君の勉強と何の関係があるかは、なかなか説明しませんでしたし、それは遂に通り越されてしまいました。伯父さんたち一門でやってる出版事業に謂わば片足つきこんでる高木君は、あなたにとっては一種のインテリに違いなく、彼の特別の勉強は、代議士とか参与官とかにずいぶん役立つわけでしょう。つまり、あなたは自分で勉強する代りに、高木君に勉強させればよいわけです。そういうことは、日本の政治家には珍らしくないことですからね。然しそれが、悲しいかな高木君には分りませんでしたよ。そして高木君はただあなたの立候補に不満の意を洩らしましたね。然しなぜ不満なのか、悲しいかなあなたには分りませんでした。この二つの喰い違いは、ちょっと興味のある問題ですよ。
 ――そう言えば、愛情もそうでしょうか。
 おう、本当の愛情など、あなたはいったい高木君に対して持ったことがありましょうか。
 高木君はし
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