こんどは真剣に考えこみましたね。その金を、既に立候補してる同士の其々氏等に分配してやったものか、或は、分配は少額にしておいて、自分も立候補したものかどうか、その運命的な重大事がまだ決定していなかったでしょう。
――いいえ、それはきまっていました。
そんなことは嘘ですよ。あなたの御主人がただ政界の黒幕として終始されたおかげで、あなたが立候補されても、公職追放令にひっかかることはないと、それが分明していただけで、あなたはまだ本当に決心はつかず、資格審査の申請に署名していなかったではありませんか。
あなたは考えあぐんで、慌しく外出しましたよ。
丁度お誂えむきに、お茶の集りがありましたね。この集りの主催者が、党の首領株の一人たる大塚さんの夫人であるだけに、表面は単なる社交的な空気のなかに、自然と、あちこちで政治向きの事柄が囁き交わされましたでしょう。その一つとして、ちょっとした隙間に大塚夫人はあなたに囁きましたね。
「こんど、立候補なさいますそうですね。期待しておりますわ。」
あなたは左手を着物の襟元にもってゆきながら、微笑しました。
「あら、わたくしなんか、出る幕ではございませんわ
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