うかね。そこで、書生に留守中の注意を与え、離屋に住んでる親戚の一家にも留守を頼んで、あなたは女中を従えて出かけました。
 その出しなに、ちょっと邪魔が起りましたね。小川夫人が訪れて来ました。あなたは彼女を奥の室へではなく、応接室に通して、いろいろな表情をしましたよ。
「まあお珍らしい。よくいらして下さいましたわね。しばらくお目にかかりませんので、どうしていらっしゃるかと、こちらからお伺いしようと思っていたところでございますよ。ところが、あいにく、いろいろ忙しかったものですから……。丁度、出かけようとしていますところで……どう致しましょう……急な用事がございましてね……。」
 あなたは嘘を言ってるのではありませんでした。墓参にきめると、それがもうあなたにとっては、さし迫った急用となっていたんですからね。
 小川夫人はちょっと顔を曇らせましたが、すぐに、媚びるような笑みを浮べて、また出なおして来ると言いました。そして、大した用件ではなく、先達てお頼みしておいたことについて伺ったのだと明かしました。そこで初めて、あなたは思い出しましたね。小川夫人の従弟にあたる一家が、今年はじめ大連から引きあ
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