僕は急に左手を打振ってどたんどたんとやった。
「痛い……おう痛い……。」
「しびれ。まあ大袈裟に、美代ちゃんより辛棒がないのね。」
 彼女が笑ったので、いやその拍子に気付いたのだが、隣の室から、皆が僕の方を見ていた。見馴れない丸髷の年増と、お座敷着をきた照次と、それから美代子までが、ぽーっと上気した細面の顔を枕につけて、無心の眼付でこちらを見ていた。そして皆一度に、いらっしゃいと挨拶したような風だった。
 僕はすっかりてれてしまって、坐り直して眼をこすった。それから火鉢越しに乗り出して声をひそめた。
「誰、あの人。」
「知らないの。おっかさんよ。そら、あたしが元一緒にいた……。」
「ああ……。」
「ね、どっかへいきましょうか。……連れてって頂戴。」
「だって……。」
「いきましょうよ、ね。」
 そして彼女はまた、こんどは近々と、一杯見開いた露わな眼で見入ってきた。
「だってさ……病人があるのに……。そんな薄情な人は知らないよ。」
「いいわよ……ね、いきましょう。おっかさんと美代ちゃんが、いいと云ったら、いいでしょう。」
 だが、その時また、美代子は痙攣を起した。照代は飛んでいった。
「 
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