二
さてその翌朝、悪魔が眼を覚ますと、もう明るく日がさしていて、店の中には大勢《おおぜい》の番頭《ばんとう》や子僧達が、掃除をしたり帽子を並べ直したりしていました。
「おや、寝過ごしたのかな。汚い下水道の中とちがって、あまり寝具合《ねぐあ》いがよかったものだから、早く眼を覚ますのを忘れていた。今逃げ出せば見つかるし、まあいいや、も少しここにじっとしていたら、そのうちに逃げ出す隙があるだろう」
ところが、その隙がなかなかありませんでした。店の中には幾人《いくにん》もの店員が控《ひか》えていますし、表には大勢の人が通っています。とうとう昼頃になりました。
その時、すてきにハイカラな洋服を着て、胸に金鎖をからましている紳士が、帽子を買いにはいって来ました。そして番頭に案内されて、陳列棚の帽子を見て廻りました。
「しめたぞ」と悪魔は考えました。「一番上等な帽子に化けて、あの男に買われて、ともかくも外に出てみるとしよう。ここにこうしていたんでは、窮屈《きゅうくつ》で仕方《しかた》がない」
その考えがうまくあたって、金鎖の紳士は、悪魔《あくま》が化《ば》けてる帽子《ぼうし》に眼を
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