空はやはりからりと晴れて、日が照っていました。けれど、いつしか風が出て、大通りをさっさっと吹き過ぎていました。それでも悪魔は、うまい料理に腹がいっぱいになって、紳士の頭にのっかったまま、ついうつらうつらと眠り始めました。
三
しばらくたって眼を開くと、そこもやはり賑《にぎ》やかな大通りで、ハイカラ洋服の紳士はステッキを打ち振りながら変なしかめ顔をして歩いていました。きっと腹が空いてるんだな、と思うと悪魔は、急におかしくなって、ははははと笑い出しました。がその声に自分でもびっくりして、首を縮こめるとたんに、何だか寒くなって、うつらうつらしてる間に風邪《かぜ》をひいたとみえ、大きなくしゃみが出てきました。
紳士は驚いて立ち止まりました。頭の上で笑い声がして、次にくしゃみの音がしたのです。まさか、悪魔《あくま》の化《ば》けてる帽子《ぼうし》をかぶってるとは思わないものですから、あたりを見廻したり空を仰いだりして、きょとんとした顔つきで考えました。
「変だな」
その時またさっと風が吹いてきました。悪魔はそれにま正面から吹きつけられて、くしゃんと、も一つくしゃみをしました。
「おや」
こんどは紳士も頭の帽子に気がついたとみえて、手をあげて帽子を取ろうとしました。もう悪魔は絶対絶命です。手に取って見現《みあら》わされたら大変です。どうしようと思ったとたんに、ふといいことを考えついて、紳士の頭が横に傾いた拍子に、風に吹き飛ばされたふうをして、ふーっと往来《おうらい》に飛び降りて、ころころと転がって逃げ始めました。
四
紳士は大事な帽子が風に吹き飛ばされたのを見て、後を追っかけてきました。悪魔にとっては、つかまえられたら一大事です。一生懸命に転がって逃げました。紳士はどんど[#「どんど」はママ]追っかけてきます。そのうちに、立派な紳士と帽子とが駆けっこをしてるのを見て、大勢《おおぜい》の人がおもしろがってついて来ました。
「よく転がる帽子《ぼうし》だな」
「まるで生きてるようだな」
「おかしな帽子だな」
「つかまえてやれ、つかまえてやれ」
大勢《おおぜい》の人が紳士と一緒になって追っかけてきます。つかまったら最後だ、と悪魔《あくま》は思って、くるくるくるくるまわりながら、一生懸命に逃げ出しました。あまり転がったので眼がまわって、めくら滅
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