お生きようとするだろう。そのためにでも、俺の死は無意味ではない。
B――お前がそういう風に考えたいなら、それはお前の勝手だ。然しそういう考え方は、全く中心のない考え方だ。お前は甲のことを考える時、すっかり甲に移っていってしまい、乙のことを考える時、すっかり乙に移っていってしまう。然しお前自身はどこにあるのだ。お前自身の感情はどこにあるのだ。お前の眼は木や石と同じだ、人間の眼ではない。お前は前に、よく生きよく死ぬんだと云った。然しそういう考え方をし、そういう見方をして、それでよく生きよく死ぬことが出来るだろうか。お前は自己を取失っているのだ、自我という意識を取失っているのだ。
A――いや、俺はお前よりももっと広い所に踏み出しているだけだ。お前は何事をも何物をも、自分と他とに対立させて考えている。然し俺にとっては、凡てが自分であって、他なるものはない。俺はこの室にはいってから毎日、あの窓越しに、庭の樹々の梢や青空や日の光や雲の影などを、静かに眺めて暮してきた。そして今では、それらのもの凡てが自分だという心持になっている。昨日だったか、窓の外に雀が飛んできて、其処の窓縁でちゅちゅと鳴いて
前へ
次へ
全12ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング