を無垢にする特殊な伝統によりかかって、容易にB君の腕の中に飛びこんでいかなかった、のかも知れない。少くともそういう風に考えなければ、小説になりにくいのである。
 B君はまた、或る時云った。
「どうにもならないように思われることは、案外どうにかなるもので、どうにでもなると思われることが、実はどうにもならないんです。」
 酔ったあげく、それをくどくくどく説きたてたのであるが、真意が奈辺にあったかは私は知らない。
 B君の死は、恐らく自殺ではなかったろう。万一自殺であったとしても、いろいろな原因があったのだろう。けれど、K子と彼との関係に於て、何かしら、B君にはK子が、必要ではなかったが必要以上のものであり、K子にはB君が、必要ではなかったが必要以上のものであったろう、と思われてならないのである。それがB君の自殺の何分の一かの原因でもなかったのなら、その欲望が情熱にまで高まらず、その情熱が信念にまで高まらなかったためなのである。
 こういう事柄を、これを一般に云って、私が小説に書かない所以は、右のことがはっきりしないからに外ならない。小説というものは、必要事にのみ止るリアリズムでは成立し難い
前へ 次へ
全12ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング