」に傍点]が気になりだしたんですって。あの時は、これがお別れだというくらいの、ただの嫌味で、また初まったという風に軽くきき流していたのが、後になってみると、生涯のほんとの最後に……というんじゃなかったかしらって、涙ぐんでるのよ。ああした仲だったんだもの、どっちだったかくらい、初めから分りそうじゃありませんか。今になって泣くなんて、おかしいでしょう。そうじゃありません?」
 K子はさんざんぐれだしたが、三ヶ月ばかりして、仙台にいってしまった。まだそこで芸妓に出てるという話である。
 それはそれとして、B君の面白い言葉がある。
「田舎の芸者はあぶないですよ。すぐにむきになってきますからね。そこにいくと、東京の芸者は安全なもので、決して真剣になんかなりませんね。何かこう、愛情以上の大きな伝統といったようなものがあって、男によりも、その方によけい頼れるんでしょうね。」
 ここで、文学者の頭の中に、おかしな連想がわくのである。「狭き門」のなかのアリサは、清浄な結合という宗教的な伝統によりかかって、容易にジェロームの腕に身を投じなかった。B君の芸妓観がもし正しいとすれば、例えばK子は、混濁そのもの
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