、然し心理的に真実なのである。即ち、百人のうち九十三人までは欲望に生きており、七人だけが必要に生きているの謂である。或る囚人の話によれば、もし終身刑というものが字義通りに確実不動のものであったならば、その刑に処せられた者は到底生きておられないとのことである。クロポトキンがマルクス一派を最も憎悪した点は、人間の欲望の無視ということであった。
そういうわけだから、私が例えば一個の石に執着したとて、軽蔑されるには当らないのである。その頃私は可なり夢中になっていた。料理屋の女中をつかまえて、今一番ほしいものは何だい、などと口占をひいてみたり、こちらのことを反問されると、即座に得意げに、石だと、それが宛も恋人の名前でも云うように嬉しがったものだ。その私の言葉尻をとらえて、B君は盆石のことを話しだしたことがあった。尤もそれは父親から引継いだ趣味らしく、自分で集めたものは少なかったらしい。盆石といっても、主として水石であって、それも加工しない天然自然のものだけを好んでいたらしい。私はいろいろその話をきいたが、よく分らなかったし、多くは忘れてしまった。ただ苔の話だけは妙に頭に残っている。
「……苔と
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