るのを悲しむのであるが――大抵の場合、直接に必要でないもの、而も多くはつまらないものなのである。
 例えば私の経験から云えば、最大級に最も欲しかったものは、或る時は、不吉な因縁話のからんでいる小式部人形だったし、或る時は、四五尺の大きさの梟の剥製だったし、或る時は、幽霊が出ると云う青江の妖刀だったし、或る時は、ちょっと奇異な形をした丈余の自然石だった。つまらないものばかり欲しがってる奴だな、と云うのをやめて貰いたいことには、私はそんなものさえ買えないほど貧しかったし、さし迫って数百円か数千円かが必要だったのであるが、その困窮の中でも最も欲しいのは右のようなもので、屡々それを見に行き、始終空想していたのである。ただ幸か不幸か、その欲望が情熱にまで昂じなかっただけのことだ。とは云え、それは単なる人形や剥製や刀や石でなく、無限の拡がりを持ち得る或物だったのである。
 人は必要物によってよりも、むしろ欲望によって生きる。犯罪の原因を調べてみるに、必要によるもの七パーセントで、他の九十三パーセントは欲望による。あらゆる方面で必要にも事欠いている現代に於て、右の数字はおかしく思われるかも知れないが
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング