初めからお詣りをするつもりでいたくせに、わざわざ買物袋などをさげ、買物の帰りだからふだん着のままでよいなどと、なぜごまかすのか。幼い者にはありの儘を言って聞かせなさい。そうだ、あの衣裳屋の店先に立っていたことも、すっかり言って聞かせなさい。
 信子は店先に暫く佇んで、それから中へはいって行く。
 出来合いの女服と子供服が両側にずらりと掛けてある。その子供服の方へ信子は行って、縞模様を晩め、定価を見調べ、思案してはまた眺め、次第に奥へはいってゆく。突き当りの卓上には、反物が積み上げてある。そこから、一人の店員が出て来る。
「お子様のものでございますか。新柄がたくさん取揃えてありますが、お幾つぐらいでございましょう。」
 信子は眼を大きくし、口を少し開いて、言葉もなく立ちつくす。どうしてこんな奥まではいり込んだのか、自分でもびっくりしてるようだ。
「今日は、ちょっと見ただけで、またにしますわ。」
 呟くように言い、くるりと向き直って、店を出る。そして逃げるように、足早に立ち去って行く。
 ――吉岡はやけにピーナツを指先でおし潰し、そして酒を飲んだ……。信子よ、娘の衣裳を買ってやりたいという
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